京
都の吐息。京都の眼差し。僕らは何も知らない。目に映る全てに宿る、見えない余韻。耳に届かぬ全てに響く、聴こえない囁きを。
はんなりと、香る匂い。陰に咲く幻の花。陽の光に佇む僕たちの、影に寄り添う優しさに似て。何も知らない僕たちは、全てに包まれて生きている。
掬った一匙の幻想と、ガラスの小瓶が落とした影を、ルージュに染める、彼女の淡い夢よ。
Les Confitures Extra de Christine Ferber
“Kyoto”
(framboises et griottes d'Alsace à la rose)
アルザス
MAISON FERBER メゾン・フェルベール
去年の秋に、マダム・クリスティーヌのアトリエを訪れた際には、まだそれはイメージの世界だけだった。だから僕は悪戯っぽく、エヴァンさんの新作ガトーは、京都よりも奈良のイメージでしたよと言うと、彼女は笑顔でこう応えた。
『大丈夫。私は京都をイメージしているわ。任せて!』
そして年が明けて、伊勢丹のSDCに持って来られたのが、このコンフィチュール。名前も“Kyoto”だ。僕は嬉々として蓋を開け、京都の友人達と庭を眺めながらいただく事にした。
…薔薇の花びらは、空に舞う桜だろうか。いや、緑に落ちた花弁のようでもあるし、余花をも想わせてくれる。グリオットは古都の気配を伝えるとともに、祇園界隈の石畳を思い出させてくれた。何よりも、そのルージュの色と艶が、京都らしさを物語っている。紅の和傘が、影に落とす色。舞妓の柔らかい唇。連なる鳥居。夜の紅い提灯や、ぼんぼりの温もり。あとは…そうだな、血の色だ。受継がれてきた歴史の色。この街に息づいている、深く優しい気配。とても京都らしいと感心し、同時に僕は、彼女以上に京都を知っているのだろうかと悩んでしまった。
甘い余韻の中、冬の庭を眺めていると、桜の老木に幻の花が咲き誇った。それは妖精の魔法だったのかも知れない。
いつか彼女とご家族に、美しい京都の桜を見せてあげたいと思い、この桜の樹にお願いをした。