20101125

Bon appétit !


咲くような、うららかな日曜日。何をしようか?どこへ出掛けようか?
あなたが居れば、どこだって良いわ。
そう言ってくれた君の笑顔が眩しくて、嬉しくて、でも照れくさかった僕は、君の手をとって歩き始めた。
大好きなあの店へ行こう。明るい陽射しに溢れた、あの店へ。

Millefeuille


パリ
http://www.lapatisseriedesreves.com/



日曜日は、私がミルフイユを作るから来てね!なんてエルザに言われたから、週末も16区のデ・レーヴへ。
お店へ着くと、ちょうど大きいサイズのミルフイユを組立てていた。フィユタージュアンベルセの上に、花畑みたいにクリームを絞り、またフィユタージュを重ね、繰り返す。最後に、フォンダンでキラキラと輝くフィユタージュの上に、ロゴのピックで可愛い模様を付けて、出来上がり。
『完成!さぁ、召し上がれ!』
いやいや、美味しいのは見ただけで分かるけど、このサイズ(30cmくらいのキャレ)は大きすぎるよ。小さいので充分!
『あら、小さいので良いの?それで足りるのかしら?』
…全くその通りなんだけど、他のケーキも食べたいじゃない(苦笑)

20101124

fly me to the moon


くような、月の香りを知っているかしら?
甘く、小さな蕾が花咲くような、静かなパフューム。蝶の羽根のような月光から、夢の夜空に降ってくるの。
そして彼女はそっと、美しく潤んだ瞳を閉じた。

Tarte Tatin


パリ
http://www.lapatisseriedesreves.com/



こちらも新解釈の古典菓子、タルトタタン。でも、タルトタタンには多くのバリエーションがあり、様々な知恵と技術でもって、美味しいタルトタタンを作られています。菓子職人だけではなく、家庭の味でもあると思うの。
さて、このタルトをどう表現しようかと考えていたら、ちょうどHelena Noguerraの歌声(Toi Mon Auto)が流れて、その甘さと浮遊間が、タルトの余韻に似ている気がしたのね。だから彼女の歌に、何かヒントは無いかと探し求めていたら、ジャズのスタンダードでもあるfly me to the moonに行き着いて、歌詞のイメージから、上の文章が書けたってわけさ。
そうそう、“言い換えれば”そーゆーコトだよね(笑)

PS.
僕はタルトタタンを食べて、それを素早くスケッチして、エルザに説明文を添えてもらった。
薄く重ねられた林檎も、歯ごたえの良いパイも美味しかったけれど、それを引立てるクリームが素晴らしかったので、これは何かと尋ねたら、
『フフフ、ここに書いてあるよ。』
そう言ってアセヌが指差した場所を見ると、Mascarponeと書いてあった。
オリジナルのクレームシャンティは、現在よりも濃厚で酸味があったそうだから、ここにも古典を大切にする思想が見えて、増々この店のお菓子が好きになったんだ。

mémoire


いを夜空に薫(くゆ)らせるように、ゆっくりとペンを走らせて、古き友への手紙を書いた。星が瞬くたびに、様々な記憶が蘇るので、楽しくも懐かしく、そして長い文章になってしまった。
だから読むのに疲れたら、窓を開けて、君の夜空を見上げて欲しい。
流れ星が見えたら、再会をお願いしといてくれたまえ。

Éclair Chocolat


パリ
http://www.lapatisseriedesreves.com/



そっとフォークを当てて、薄くパリッとしたショコラのシートと、フワリと香るシュー生地と、ゆったりとしたクリームを切っていく。その感覚は、銀のペーパーナイフを使い、封筒から丁寧に取り出して、親友からの大切な手紙を読む時の気持ちに似ていた。なんだかとても懐かしく、何故だか楽しいのだ。
エクレールの語源の1つに、稲妻のように速く、クリームをこぼさないで食べるというものがある。でもこれは、ゆっくりと楽しみたいと思った。少しくらい長居しても、良いじゃないか。…ねぇ?

Paris-Brest-Paris


に遊ぶ花の記憶。遠い道程を駆ける想い出。花の都から吹く風は、太陽の光の、甘さや柔らかさを教えてくれた。
名も知れぬ道端の白い花が、青空に微笑むような優しさを感じて、僕の心に喜びが咲いた。

Paris-Brest


パリ
http://www.lapatisseriedesreves.com/



パリブレストとは、ある菓子職人が自転車レースを記念して作ったことは、僕も知っている。きっと、店の前を選手達が駆け抜けて行ったのだろう。
その古典的なお菓子を、新しい形で作ったのが、この店のパリブレスト。メディアでは、新古典主義とか呼ばれる、パリの流行に乗ったものらしい。
僕は個人的に、美味しく楽しいと感じたお菓子のことしか書けないから、思ったままに述べさせてもらうと、これは花輪(ガーランド)に見えた。
今までのスタイルは、車輪をモチーフにしつつも、風をイメージさせるものだったけれど、これはきっと花なのだ。選手に架けられる物かも知れないし、沿道に咲く花なのかも知れない。そして何よりも、パリは花の都と呼ばれているのだから、僕にはこの空想が、スッキリと腑に落ちた。白く甘い花が、太陽に微笑んでいるみたいだ。
店名にあるように、夢を見させてくれる、素敵なお店とお菓子だったよ。

20101123

夢から醒めた夢


しく降りそそぐ光の中で、神様にお願いをした。すると、光の翼を持った天使が現れて、私にこう告げた。祈りなさい。願いが叶うまでずっと。
祈り続ける限り、願いはすでに叶っているのだと、優しい光の中で理解した。

Millefeuille vanille


パリ
pâtisserie Sadaharu AOKI paris サダハルアオキ
http://www.sadaharuaokiparis.com/



ミルフイユを口にした時に、何故かとても懐かしく思えた。その理由は何だろうかと考えながら、甘い夢にたゆたう。はらはらと散るフィユタージュは、降り積もる黄金の落葉に似ていた。溢れるバターの甘さは軽く儚く、それは光の羽根のようだと感じたらやがて、教会で見た、光り輝く天使のイメージと重なった。
パラパラとページを捲るように、もっと深く、もっと深く光の中を覗いてみると、懐かしさの理由に気が付いた。キャラメリゼ、つまり砂糖なんだけど、その味わいが、名古屋で通っていた店と同じ雰囲気だったのだ。
その店の名はアズュールと言って、そこのパティシエールはかつて、サダハルで働かれていたことを思い出した。
なんだか不思議だよね。この感覚は。僕は遠くへ来たつもりなのにさ。

La douces illusions


で会えたら、どんなに素敵であろうか。花咲く頃に出逢っていたら、どんなに素晴らしかったであろうか。丘の上で寝転んで、青空をゆく雲を眺めながら、君想う微睡みに沈んだ。
やがて夢の一雫が、眠りの世界に波紋を重ねた。翼を得た私は仙境に遊び、朧な月に願いてみれば、山には鶯の声が木霊して、梅の花が咲きほころんだ。
『夢、なんだよな。』
愛しき君の手をとって、そう呟いてはみたものの、甘い夢は覚めやらず。ならばこのまま二人、霞の中で踊ろうか。

Duomo mâcha azuki


パリ
pâtisserie Sadaharu AOKI paris サダハルアオキ
http://www.sadaharuaokiparis.com/



パリの小豆餡!
その楽しさと偉大さは、京都に暮らす人なら理解していただけると思います。
餡の風味は東京的で大人しいのですが、ちゃんと“あんこ”なんですよ。
抹茶にしろ、あんこにしろ、地理的にも文化的にも遠く離れた国や人を結ぶのは、ファンタジーだと思うのです。
好き・美味しい・楽しい
その3つが繋がり、橋となり道となる。これは素晴らしいことです。その道があったから、私はパリまで来れたのだと実感しました。


さて、以下は甘く無いお話しを。

私が甘いもの好きになったキッカケは、サダハルのバンブーでした。以来、東京を訪れる理由になっているのですが、その事を知っている人々からは、一度パリのサダハルへ行って来いと言われておりました。でも、
『そんなに違うの?日本にもお店はあるじゃない。』
なんて考えていたので、あまり興味を持てずにいました。
今回、運良くパリを訪れる機会に恵まれたので、散歩がてらセギュール店を訪ねてみました。これは私の、ただの想像ですが、焼き菓子やパイ生地等の、小麦が異なるのだろうと考えていましたが…驚くことに、クリームの味わいが違いました。軽さや優しさ、余韻の印象が異なるのです。卵とミルクが、日本よりも優しいのです。
少し考えてみれば、小麦やバターは空輸出来ますよね。でも、鮮度が大切な卵とミルクは、その土地のものを使わざるを得ないのです。そしてこの、卵とミルク(乳製品)ですが、断然フランス産の方が美味しいのです。
保健衛生的な条例等の違いにより、製品化される過程が異なるのが原因ですが、結局のところそれは、両国民の思想の違いなのだと思います。鮮度や清潔さでは無く、病的な潔癖性を求め、自然よりも便利を追求した結果でしょうか。
口にしたお菓子はどれも美味しかったのですが、なんだか複雑な気持ちでした。日本人が求める“美味しさ”とは、いったい何でしょうか? スイーツブームと言われて久しいですが、私達は何を求めているのでしょうか?

秋の風がメランコリックにさせるのか、深く考え込む日が続くようになりました。んー…。

Promenade du Soleil


り溢れる色彩の街。僕たちは青空を突き抜けて、太陽と共に歩いた。雲の上の夢の中で、それぞれの小さな太陽を片手に、僕たちは詩人であり、画家であり、何よりも芸術家であった。
奏でよう、太陽の歌を。永遠とも思える、夏の陽射しに溺れるように。

Citron praliné


パリ
pâtisserie Sadaharu AOKI paris サダハルアオキ
http://www.sadaharuaokiparis.com/



この時のパリはもう、夏はとっくに終わっていて、季節は秋。風は冷たく、でも時折感じる日だまりの暖かさに、僕は夏の太陽を懐かしんだりしていた。
さて、この鮮やかなる黄色は、太陽そのものをイメージさせてくれる。そこに流れるショコラと、スキップするようなノワゼット。…あぁ、これは、この風景は、ジャン・コクトーが愛した街の、太陽の散歩道だ。
味覚の先にある幻視は、光り溢れる陽炎で、高い空と深い海の、限りなく青い夢幻に抱かれていた。檸檬をすっぱいと言い切った人は、何も分かっちゃいない。この透明な感覚は、むしろうっとりとするほど甘いじゃないか。
恍惚に溺れながら、僕の中の甘い血は、詩人の夢を見続けていた。