20101114

アルザスの青い空


L

e ciel bleu d'Alsace.
空の青さや高さよりも僕は、その空の広さに驚いた。遮るものの無い青空と、世界を包み込む、広大な蒼穹に。
日本でも、同じ空を見上げていたはずなのに、僕の空はこんなにも広く美しかっただろうか?心は、こんなにも澄んでいただろうか?
透明な群青と、波打つ蒼風の紺碧。緋色に薫る葡萄畑と、色とりどりの花たち。水色の夢幻に、白い羊の群れが遊んでいた。黄金の風が駆け上がる丘に佇んで僕は、不思議な尖塔の教会と村を見下ろすようにして、空と森と大地を、この眼に見えるものの全てを、両手を広げて迎え入れる。
大きく深く、深呼吸をして眼を閉じると、星のように瞬く、キラキラとした羽根のような囁きが、静かに心へ降り積もるのを感じた。
…僕はそっと、僕の言葉で、ありがとうと呟いた。


列車の時間が近付いて来た。ちょうどニコラがギターのレッスンへと向かうので、一緒に街までクルマで送ってもらった。
葡萄畑を縫うようにして、街へと続く曲がりくねった道を走る。今朝、丘から見下ろしていた村が、教会が、小さくなっていく。名残惜しそうに振り返り、窓から眺めていた僕に、マダム・エリザベスが優しくこう言った。
『また、来たら良いじゃない。』
…そうだな、また来よう。また。
花咲く春や、光溢れる夏。そして静謐なる冬。秋さえも、僕が知っているのはこの2週間だけだ。
キノコ狩り(僕が嬉々として発見するのは毒キノコばかりで、サロメとアンカトリーヌ、ブルノーにも笑われたっけ)は楽しかったけれど、葡萄の収穫は手伝っていないし、白ワインの美味しさを知ったのは10日前だし、ベックオフも食べていないし、ミラベルだって逃しているのだから!
すぐに村は見えなくなって、淡い寂しさが残った。僕は窓を閉めて、前を向く。その時、ふと微風の残り香に感じたのは、美味しかった村のワインの香り。…あぁ、そうか、丘の上で感じた煌めきと囁きは、ワインの妖精の声だったんだきっと。

日本では、妖精の村と呼ばれるNIEDERMORSCHWHIRを後にして、僕はパリへ向かう列車に乗り込んだ。

Merci beaucoup!
Merci de pour tout ce que vous avez fait pour moi.
J'espère que nous aurons le plaisir de vous revoir.
... À très bientôt!

もし、貴方がこの村を訪れることがあるのなら、持って行くものは1つだけで良い。笑顔だけ。自然な笑顔だけで良いんだ。
そして、MAISON FERBERの妖精たちへ伝えてもらいたい。カエルを連れた魔法使いが、皆さんの優しさに感謝していたと。


Le Magician
Iori Shinagawa